(RICOH GR DIGITAL)
今年、2008年は尾形光琳の生誕350年目にあたることから上野の国立博物館で開催されている、「大琳派展 継承と変奏」に行ってきました。
琳派を代表する本阿弥光悦、俵屋宗達、尾形光琳、尾形乾山、抱一、鈴木其一の6人の優品によって琳派の芸術を展望しようという本展、「同じテーマの作品を比較しながら見ることで、琳派の系譜を具体的にたどると同時に、各作家の独自性をも明らかにしようという企画」なのだそうです。風神雷神は4人の画家による4つの絵が同時に観られるということで、とても楽しみにしていました。
ところが楽しみにしていたのは私だけではなく、同じ日本の空の下、沢山の人が同じ気持ちだったようで、朝一番に行ったにもかかわらず博物館の門の前は長夜の列。
前売り券を買っていなかったのを後悔しながらチケット売り場の列に並んでいたら・・・
こちらのほうに歩いてきた、ある一人の女性と目が合いました。
そして女性は私のところにくると立ち止まり、「これ、余っているので、よろしかったら・・・。」とチケットをくださるではないですか。
なんたる奇跡・・・!(ありがとうございました・・・!)
もちろん、大喜びで分けていただきました。
親切な方のおかげで、チケット売り場からぐんと離れた、博物館の門の中で開館を待つ人たちの列に並ぶことが出来たのでした。
そんな嬉しい気持ちをかみしめつつ、9時半開館。
入ってすぐは俵屋宗達です。
桜の咲き誇った屏風の前で足が止まります。
花の盛りの桜の木の下で味わう、ふいに違う世界に行ってしまいそうな気持ちを思い出しました。
構図もすてきです。
後ろにいらした女性二人の会話が聞こえてきました。
「私ね、こういうのを見ると、「モダン」って思っちゃうのよ。」
「そうね。モダンよ。」
そうか・・・そういうことだったのか。
琳派の絵がなぜか気になるのは、構図や色彩などのモダンな部分に惹かれていたのかもしれません・・・。
風神雷神は感動しました。初めて観ました。
宗達のものと光琳のものが好きです。
以前、「陰翳礼賛」という本で、昔はこういうものは暗い所で観たと読んだのですが、これは暗い中で観たらきっともっとすごい迫力でしょう。金色が暗闇の底で光り、自分の力の及ばないものの存在を驚きの目で観たでしょう。
博物館の薄暗い空間の中で少し絵から離れて観て、その昔を想像してみてはわくわくしました。
それからもうひとつ、個人的に、とてもいい屏風だなぁと思ったのは、風神雷神の屏風の後ろに描かれていたという酒井抱一の「夏秋草図屏風」。
これは、夏と秋の草花が風神雷神さまの風や雷雨を受けている絵です。
その題材のつながりがとてもいいなと思いました。
琳派は代々受け継がれる世襲の画派ではなく、光琳が本阿弥光悦、俵屋宗達に私淑し、その光琳を、酒井抱一らが慕うという特殊な形で継承されてきたのだそうです。
尊敬する画家の絵の裏にその絵を受けて描くということを、抱一はきっとこの上もなく幸せに思ったことでしょう。もしも自分が抱一だったら、もう、持てる限りの力を使って尊敬する画家の絵に泥を塗らないように懸命に描いただろうと思います。
数百年前の画家のしあわせに思いを馳せて、満ち足りた思いで博物館を後にしました。
大琳派展は明日まで開催されています。
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