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2009年11月22日 (日)

冷泉家 王朝の和歌守展

Dsc_4880

(Nikon D80)

昨日、上野の東京都美術館の、「冷泉家 王朝の和歌守展」に行ってきました。

入っていきなり国宝2点、藤原定家自筆の「拾遺愚草(しゅういぐそう)」と藤原俊成の自筆「古来風躰抄(こらいふうていしょう)」がその筆者の肖像と一緒に出迎えてくれます。
(この、いきなり大物2点を展示企画した人は、給食で一番先にプリンを食べる人と見た。)
和歌にあまり詳しくない私でもガツンとやられてしまいます。
定家は独特の字体で、その字を見ることで教科書で習う単なる歴史の上の人ではなくいきいきとしたその人を見たような気がしました。
「古来風躰抄」は1197年のもの。俊成の著した歌学書で、84歳の時の書写。著者自筆本でこれほど古いものは世界的にも稀といわれているのだそう。
ああ、何もかも本物だ、と感激。
俯瞰で観るのではなく文章を追いながら右から左へ流れるように見ていくと、平安の昔の人々と同じ所作をしていることになります。
平安の昔にひとときのタイムスリップ。
途中で観られる映像、冷泉家の四季もとても興味深く楽しかったです。
(お正月はまず大切なこれら書物の眠る蔵に参拝する、など)
今回の展示で一番すごかったのは「古今和歌集 嘉禄二年本」(国宝 藤原定家筆 嘉禄2年(1226)冷泉家時雨亭文庫蔵)。
何度も見てしまいました。
800年の時を経て、そこにポンと置かれてあるこの一冊の和歌集は、そこにあるだけでただものでないオーラを放っています。
これと向かい合うだけでも、行った価値はあったかも・・・。
歴史的な日本の文学の中の存在価値の重さはそれはそれはすごいものです。
(他にもこの冷泉家の蔵の中にあるものには大変なものが沢山。
印刷などがなかった当時は書き写すしかなかったので、定家などが書き、本人、あるいは後世の誰かが書き写し、それが残っていなければ今私たちが知ることのなかった和歌や豊かな文化が沢山あるのだそうです。)
この湿気の多い日本でよくぞこんなに残っていてくれたと(芸術新潮の特集のサブタイトルは「京都千年のタイムカプセル」でした)、家と蔵に感謝したくなるような日本の宝たちでした。

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